奈良山万葉紀行

 

  生駒山

 夕されば ひぐらし来鳴く 生駒山 越えてぞ吾が来る 妹が目を() (15・3589 秦 間満)



  平城京祉

 そらみつ 倭の国 あをによし 奈良山越えて 山城の 管木(つつき)の原 ちはやぶる 宇治の渡
 
(たぎ)の屋の 阿後尼(あごね)の原を 千歳に かくる事なく よろづ世に あり通はむと 山科の 石田(いは)の杜の すめ神に
 幣さ取り向けて われは越え行く 相坂山を
 (13・3236)

  和銅3年庚戌(かのえのいぬ)の春2月、藤原宮より寧楽宮に還りましし時に、
御輿を長屋の原に停めて遥かに古郷を望みて御作歌 一書にいふ、太上天皇の御製 

 

 飛鳥(とぶとり)の 明日香の里を 置きて去なば 君があたりは 見えずかもあらむ(1・78 )  1にいふ 君があたりを見ずてかもあらむ  

 

 
 或る本、藤原京より寧楽宮に還る時の歌

 

 天皇(ほほきみ)の 御命(みこと)かしこみ (にき)びにし 家をおき 
隠国の 泊瀬の川に 舟浮けて わが行く河の 川隅の 八十隈おちず よろづ度 かへり見しつつ
玉桙(たまほこ)の 道行き暮し あをによし 奈良の京の 佐保川に い行き至りて わが寝たる 衣の上ゆ 朝月夜 わやかに見れば (たへ)の穂に 夜の霜降り 磐床と 川の水凝り 寒き夜を
 いこふことなく 通ひつつ 作れる家に 千代までに 来ませ大君よ われも通はむ    (1・79)

 
 反歌

 あをによし 寧楽の家には よろづ代に われも通はむ 忘ると思ふな (1・80)

 

  
 歌姫越

 
額田王、近江国に下りし時に作れる歌

 味酒 三輪の山

 あをによし 奈良の山にの

          山の()にいかくるまで

          道の隈 い積るまでに

          つがらにも 見つつ行かむを

          しばしばも 見さけむ山を

           (なさけ)なく 雲の 隠さふべしや

   反歌 

 三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情あらなも 隠さふべしや   (1・17)

 

   長屋王、馬を寧楽山に駐めて作れる歌2首

 佐保過ぎて 寧楽のたむけに 置く(ぬさ)は 妹を目()れず 相見しめたぞ(3・300)

 磐が根の こごしき山を 越えかねて ()には泣くとも 色に出でめやも(3・301)


  奈良山

  笠郎女、大伴宿袮家持に贈れる歌

 君に恋ひ (いた)(すべ)なみ (なら)山の 小松が下に 立ち嘆くかも     (4・593)

 
白鳥の 飛羽山松の 待ちつつぞ 吾が恋ひわたる この月頃を   (4・588)

 


   山に寄す 

 佐保山を 凡に見しかど 今見れば 山なつかしも 風吹くなゆめ (7・1333)

 卯の花も いまだ咲かねば ほととぎす 佐保の山辺に 来鳴きとよもす  (8・1477 家持)

 

 
  磐媛陵

 
 磐姫皇后、天皇を思ひて御作歌4首

 君が行 け長くなりのぬ 山尋ね 迎へか行かむ 待つちにか待たむ  (2・85)

 かくばかり 恋ひつつあらずは 高山の 岩根し枕きて 死なましものを(2・86)

 在りつつも 君をば待たむ うち(なび)く 吾が黒髪に 霜の置くまでに  (2・87)

 秋の田の 穂の上に 霧らふ 朝霞 いづへの方に 我が恋ひめやむ  (2・88)

 

   水上池

 をみなへし 咲き(さわ)に生ふる 花勝見 かつても知らぬ 恋もするかも  (4・675 中臣郎女、家持に)

 をみなへし 咲野(ざきの)に生ふる 白つづじ 知らぬこと以ち 言はれし吾脊 (10 1905

 杜若 開沼(さきぬ)の菅を 笠に縫ひ 著む日を待つに 年ぞ経にける  (11・2818)

 

  ウワナベ・コナベ古墳・・・法華寺・・・海龍王寺(不比等の旧宅)・・・佐保川